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16 読書のすすめ

顔 中学生になるまでに、小学生の間にやっておいて欲しいことがあります。
それは読書です

なぜ読書なのか。
その前に国語力について。

国語力とは、国語のテストでいい点数を取るという意味ではなく、日本語でも、英語でも、ドイツ語でも、ロシア語でも、中国語でも言葉というものに共通して必要な力のことです。文章力とでも言ったほうがいいかもしれません。学習には国語力が必要なのです。

自分が表現したいことが表現できるか。書いてあることが理解できるか。文章の構成がどうなっているのか。文の中で、だれがどうしたのか理解できるか。などなど。
こういったことは、日本語だけでなく、何語であろうと必要です。

例えば、次の文のカッコに入れるべき言葉を考えてみます。簡単な例です。
試験前に勉強しなかった。(    )試験問題がわからなかった。

答えは、「だから」「なので」「当然」などの言葉です。こういう文章構造は、英語であろうと中国語であろうと同じです。

しかし、読書をしていないとなぜその言葉なのか、理解できません。読書をしていると、自然と答が出てくるはずです。この差は大きいです。(国語力イコール読書ということは、後に説明します。)

更に大事なことが、勉強というものは、人の書いた文を理解したり、人の言ったことを理解することで成り立つということです。これも国語力が必要です。これはどういうことかということを、中学校の理科の授業で考えてみましょう。

先生が「気体の分子」の話をします。初めてきく言葉が幾つか出てきます。当然「分子」という言葉が生徒にはわかりません。そこで先生は、分子について説明します。図を書いたり、モデルを利用したり、言葉を駆使して。ここで国語力が威力を発揮します。先生の言っていることを理解できるか、できないか国語力です。国語力があれば、わかるはずです。

仮に、授業でわからないで、授業後に自分で教科書か参考書(最近の中学生はほとんど持っていませんが・・・)で調べようとしたとします(この調べることも実際ありえない・・・、試験前ならあるかも)。当然教科書を読んで理解しなければならないので、国語力の登場です。しかし、その力がなければ・・・。一回読もうとして、くじけると2回目には本を開こうとすらしないはずです。これは悪循環の始まりです。親に言われるか、テストでひどい点数をとるかしないと、きっと二度と教科書・参考書を読んだりしないことでしょう。

たぶん、ほとんどの中学生は、教科書・参考書を開いてもわからないと1分であきらめることでしょう。なぜなら、最近の中学生・高校生は本を読んでいないので、国語力が無いからです。悲しい現実です。

こうなると、学習そのものが成り立ちません。いくら説明しても理解するのに時間がかかり過ぎて、学力の定着には程遠く、大変なことになります。

伸びる生徒は理解力があります。それは国語力があるからです。
その国語力をつけるためには、読書しかないと思います。

では、なぜ読書イコール国語力なのでしょうか? どうやれば読書はできるのでしょう?次回に続きます。

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